1年5ヶ月ぶりにインドに来ている。
ビザ申請に始まり、必要書類を準備したりするのに加えて
私はパッキングが大の苦手。
毎回、出発前夜は、
「私が寝落ちしたら出てきて、パッキングしてくれる小さい私」
を本気で妄想する。
本気だろうがなんだろうが
結局は大きい私が寝落ちしたらそれっきりなので
必死で自分にしかできないパズルを完成させる。
ただでさえ大仕事なのに
私は人一倍プレッシャーを感じてしまう。
その上一年半近く日本にいたので、
すっかり「旅人筋」が弱ってしまっていた。
最初にスーツケースを広げたとき
何を入れたらいいかわからなくて、
一瞬頭が真っ白になった。
そしていつもより多い、出入国に必要な書類。
PCR検査みたいな、出発前ギリギリまで待たないと
できないこともあって、余計緊張が高まる。
そのほか、出国前にやらなければいけないことは山ほどある。
が、今年の私は
苦手意識克服キャンペーン(中略)と称して
自分なりに努力してきた自負があるので
なんとか準備もパニクることなく終わらせた。
それでも準備途中で、なんでこんなにストレスを感じてまで
私はインドに行きたいのかしらと思うことも多々ある。
コロナで、旅のワクワクがストレスに置き換えられてる。
旅は、昔はもっとワクワクするものだった。
念入りな準備の甲斐あって
書類は完璧。荷物も許容重量ギリギリで
あっという間に出国手続きも終わる
ガラガラの飛行機に座って
じわじわと安堵感に満たされる。
いやいや待て、まだインドに入国したわけじゃないからね。
それでも一人でついにやにやしてしまう。
ああ、ついにもうすぐインドだ。
デリーに着いて、飛行機を下りた瞬間、
なんとなく埃っぽくて、
よく言われる、香辛料の匂いと言えなくもないような
「インドの空気の匂い」
がした。
快か不快かと言えば、決して快とは言えないんだけど
間違いなく懐かしい匂い。
すぐに慣れて何も感じなくなるけど
間違いなく慣れ親しんだ匂い。
ああ、ただいま
I love India.
しみじみ嬉しい。
念入りな準備の甲斐あって
なんの問題もなくインド入国。
入国審査は、10人くらいしかいない外国人に
カウンターが3つもあった。
「あごマスク」の入国審査官は、
写真と指紋を取る時以外はほとんど喋らず
あっという間に入国手続きは終わる。
日本は「ハイリスク国」ではないので
乗客のうち
任意に選ばれた2%がPCR検査ということだったが
私はそれには該当せず、
搭乗券に
「自己健康観察14日間」のスタンプが押される。
特に報告義務はない。
自己健康観察って、
コロナじゃなくたって、
通常モードでみんなやってるんじゃないのか。
とにかく、デリーで飛行機を降りてから
1時間後には
ジャイプール行きのタクシーに乗っていた。
このタクシーに乗るのが私の中でのゴールだったので
何回目かの「しみじみ嬉しい」をまた噛みしめる。
ああ、ただいま
I love India.
ストレスに負けずに準備したかいがあったよ。
やっぱりほんとに帰ってきたかった。
いつもの宿に着いて10日。
まあすぐに文句言い始めるだろう
埃っぽい空気もごみごみした道も
今はまだ全てがありがたい。
ありがたさを噛みしめすぎて
かなりゆっくりしてしまったけど
ぼちぼち仕事モード発動です。
インドの正月は、日本ほどの大イベントではないので
ジャイプール市内は、年越しのわさわさ感は全くなく、
外国人観光客がいないことを除いては
ほぼ通常モード。
マスクをしてない人も多く、
そこもほぼ通常モード。
ただ、政府からほぼ全く援助がなくロックダウンしていたので、
経済的な影響は
パッと見にはわからなくても計り知れないものがあるし
まだオンライン授業をしている学校もあるし
通常モードとは言い切れない。
でも久々に会う人たちはみんな元気で
私がインドに戻ってきたことを喜んでくれる。
今年もお世話になった人が
本当にたくさんいる。
近くからも遠くからも応援してくれる人のおかげで、
本当におかげさまで私がインドに戻れている。
みんなみんなありがとう。
私も誰かの幸せのためにできることをしたい。
私は元気です。
みんな元気かな。
日本には、来年の夏前に戻る予定です。
みんな元気でね。
ジャイプールの見どころ 風の宮殿。
ニューゲート。ジャイプール旧市街にはこういうゲートがたくさんある。
野菜市場。サラダ用の野菜を買い込む。
サラダならなんとか宿の部屋でもできる。興奮して買いすぎた。
唯一 Happy New Year の看板があるレストラン。全く年の瀬の感じがない。
旧市街。電気で動く乗り合いリキシャーがここ数年増えた。
防寒着としておじさんのベストを着せられてる犬。
このヤギバージョンもよく見かける。
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私は、ありがたいことに居心地の良いカフェに
連日入り浸っている。
去年の夏日本に帰ってきて、すでに1年以上。
こんなに長いこと日本にいるのは15年ぶり。
毎年恋しかった桜がついに見れたりとか
日本の静かなお正月を過ごしたりとか
いいこともあるっちゃあるんだけど
ありがたい事に、いいかげんインドにもネパールにも行けない事には
もう一年Shanti Riot巡業できるくらいの作品数はない。
気づくと、
ジュエリーデザイナー
と名乗っているにも関わらず
制作する場所である
インドもネパールも行けないのを理由に
全くデザインをしていない!
という事を今更ながら実感し
最近、日本で初めて、
持っている石を並べて
構想を練り始めた。
同様のデザインで、石違いで
1シリーズ作るというのは
とてもとても時間がかかる。
まず、それぞれの石を仕入れて
その中から最適なサイズとクオリティのものを
セレクトしていく
という作業は地道なもの。
インスピレーションを広げていって
それが形になるまで
どの作業もずっと地味ーで地道で、
毎回、思った以上に時間がかかる。
毎回、どの作業も甘くみているとも言えるんだけど。
石を久々に広げてみて思ったこと。
ああ、私はこの地味ーなプロセスを愛している!
年内にはインドに戻れるかしら。
そこからネパールにも行けるかしら。
どこにいるにしろ、ある程度の時間
缶詰になって
自分のデザインを固めない事には
外仕事も頼めない。
日本に持ってきている限られた石で
日本にいるうちに
少しでもデザインできたらいいな。
ジュエリーを制作するのはインドとネパールで
日本はあくまでも販売の場所だった。
「これだけ作ってしまったものをどうにかしなきゃ」
を「どうにかする」のが日本だったので
帰国すると即、作るモードが売るモードに切り替わる。
クリエイターの多くにあるあるだけど
「自分の作品を売る」のが私はとても苦手だ。
苦手だ、とか言っててもどうにもならないので
なんとかどうにかする。
それを続けているうちに
日本で「売るモード」に切り替わるのにも慣れてくる。
売ることへの苦手意識はいまだにあるくせに、
そのシフトチェンジは嫌いではない。
嫌いではない、とか言っていられるのも、ひとえに
私のジュエリーを喜んでくれる人たちがいるからですよ、
ありがたやありがたや。
日本はあくまでも販売の場だったけど
やっと、ものづくりスイッチが入った。
コーツトカフェの個展も早いものであと10日。
わさわさ自分仕事を広げているかもですが
お客さんあっての自分仕事です。
ぜひ会いにきてくださいね。
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すっかりブログでの告知が抜け落ちていました。
今更ですが、東京・谷中のコーツトカフェで
Shanti Riot展を10月26日まで開催中です。
Shanti Riot 展@コーツトカフェ
10月26日(火曜)まで開催中
18日(月)19日(火)
25日(月)26日(火)12時~20時
20日(水)定休日
21日(木)カフェ営業なしでジュエリー販売のみ13時~17時
22日(金)14時~20時
16日・23日(土)17日・24日(日) 12時~18時
ほとんどの日はデザイナー RIOがカフェにいる予定です。
が、いない時もあるので、メッセージをいただければ確実です。
コーツトカフェでのジュエリー展が終わったら
代々木公園でのアースガーデン秋です。
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「どれがパワーストーンですか」
と聞かれることがある。
「全部です(にっこり)」
と答えることにしている。
天然石のジュエリーを作っているのだから
販売する時に、石のパワーにもっと特化したアプローチを
しないのかとよく言われる。
正直に言うと、
必ずしもそこを重要視していない。
と聞かれることがある。
「全部です(にっこり)」
と答えることにしている。
天然石のジュエリーを作っているのだから
販売する時に、石のパワーにもっと特化したアプローチを
しないのかとよく言われる。
正直に言うと、
必ずしもそこを重要視していない。
でも、だからと言って
決して石のパワーを否定していないのは強調したい。
石のパワーの話は山のようにある。
目に見えない世界のことは、絶対ないともあるとも言えなくて
どの話も否定できない。
「ない」ことの証明は不可能なのだ。
インド生活が長くなり、石に関わる時間が
長くなるのはもちろん、
石に関わる人にたくさん関わっている。
本当にいろんな立ち位置の人がいて
石の「パワー」を「販促ツール」と割り切っている人もいれば
石に全ての望みを託している人もいる。
16年前、インドで宝石の鑑別の学校に行った。
宝石学の先生たちに、
石のパワーについての質問をするのはご法度だった。
先生は当時3人いて
特に一番若かった男の先生は
どちらかというと「厳しい自分に酔っている」
ような厳しい先生で、その作ったげな厳しさが
コミカルに見えてしまうことが多々あった。
一言でもヒーリングがどうとか言おうものなら
にこりともせずに
ギロっとにらみ返し「はい、次の質問は?」
と、どっかの政治家みたいなリアクションをしていた。
でもですね、インドにはインド占星術があって
インド占星術は宝石と密接に関係しているのですよ。
自分の生まれたチャート(生年月日と生まれた場所によって導き出される星の位置)によって
何曜日の何時くらいに、
どこどこの指に
何カラット以上の
何の石を着けるように指示される。
ヒーリングの話は一切しないといいつつ、
珊瑚の金のリングをしてますよね先生!
それって100%、インド占星術師に着けるように言われて
つけてるリングですよね!
と突っ込みたい。突っ込みたいが
そんなこと言ったら最後
鬼軍曹(先生)に教室を追い出されそうなので
もちろんそこはスルー。
先生たちもスタッフも、ほとんど石のリングをしていた。
日本人の「特に宗教心はないけど、数珠は一応持ってます」
みたいなもんかと思ってみるが
全く信じていない訳でもないらしい。
その石を身につけないと悪いことが起こる、
と言われてリングを着けてる訳ではないのだ。
どこかで心の拠り所になっている。
私は、宝石学という学問を通して石を学んだけど
石の成り立ちの神秘に
鳥肌が立つくらい感動した。
科学や化学の世界で人間ができることは
すでにある法則を「発見」するしかない。
「誰」がその法則を作ったか、と言うのは
永遠の謎なのだ。
そんな石たちに何もパワーがないことはないと思ってる。
ただ、石に全てを委ねるのなら、
特に私がお手伝いしなくてもいい。
直感で惹かれた石に
自分をちょっとだけ後押ししてもらうのでちょうどいい。
それくらいのスタンスがいいなあ。
直感重視で選んだ石を後で「答え合わせ」してみて
なるほどと響くところがあって
持っていることが嬉しくなる、というパターンを
お勧めしている。実際そういうパターンがいちばん多いし
私の立ち位置はそういうところでいい。
そういう訳で、ぜーんぶパワーストーンです。
大丈夫、石も人を選ぶのです。
ちょっと違う石は、きっと選ばないから大丈夫。
インドの宝石学の学校での濃い石漬けの日々も
少しずつシェアしていこうかな。
Shanti Riot 8月出店
8月7日(土)8日(日)静岡県・下田 Happy Buddha 11時くらいから日没まで
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小さいモノが好きだ。
というより、小さいバージョンの何かが好きだ。
子どもの頃、
全盛期だったシルバニアファミリー。
メインのキャラクターたちは
愛くるしく、つぶらすぎる瞳で
「どこからみても可愛いでしょ?非の打ち所がないでしょ?
参ったでしょ?参ったって言え!」と
迫ってくるみたいで、
天邪鬼だった私はどうも苦手だった。
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というより、小さいバージョンの何かが好きだ。
子どもの頃、
全盛期だったシルバニアファミリー。
メインのキャラクターたちは
愛くるしく、つぶらすぎる瞳で
「どこからみても可愛いでしょ?非の打ち所がないでしょ?
参ったでしょ?参ったって言え!」と
迫ってくるみたいで、
天邪鬼だった私はどうも苦手だった。
キャラクターたちの「可愛い」の方向性がストレートすぎて、
「わかった!可愛いのは認めるからもう勘弁してください!」
と逃げ出したくなるようなオーラを発していた。
一方で、キャラクターの持っている小物たちは大好きだった。
本、とか、靴、とか、小さいティーカップとソーサーのセット、
とか、もうね
「本来は大きいものを、これ以上は小さくできないくらい小さくしてみました!」
という健気な努力がいじらしくて、
当時はなかった表現の「萌える」というポイントだらけだった。
それで言ったら、シルバニアファミリーのファミリーだって
うさぎ本来のサイズを思い切り小さくしたんだけど
思いきり可愛さをアップさせすぎたのだきっと。
子どもだからって、可愛いだけでなびくと思うなよ、
くらいに身構えてしまったのだきっと。
小物が思い切り縮小されているのにときめいたのは、
デザイン性の前に必需性があるものが
「ただ小さい」ということに興奮してたのだきっと。
どちらにしろ、我が家は子どもにおもちゃを
あまり買い与えない家だったので、
シルバニアファミリーは買ってもらえなかった。
しょうがないので、想像に頼るしかない。
小さい靴やカップの絵を描いて、切り取ってテーブルに並べたりしていた。
今考えると、私のジュエリーの
天然石に添えられている小さいモチーフはこれが原点だ。
特に、おもちゃを買ってもらえないと、想像に頼るしかないし
自分でなんとか作ってみるしかない、という試練のおかげで
今こういうことしてるんだと思う。
自分のジュエリーを「可愛い!」と言われると素直に嬉しいし、
自分でも可愛い、なんて可愛いんだろうと自画自賛しながら作ってるけど
ちょっと「ぬけた」感じを大事にしたいなと思ってる。
ぬけた感じを全面に出しすぎると安っぽくなるので
その辺のバランスを取るのが腕の見せどころ、と思ってます。
ああ、その腕を今頃ネパールで発揮してるはずだったのだけど
ネパールは今それどころじゃないようで、
カトマンズのロックダウンは規制が厳しくなった模様。
ネパールで採れる ガネーシャヒマール水晶。
ちょっと「ぬけた」出立ちの鳥は、
せいぜい5mm くらいの大きさしかありません。
良質な石に、ちょっと「ぬけた」デザインを施すのは楽しい。
デザインされるのを待っている石たちに、早く会いに行きたいな。
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連日インドの新コロナウィルスのニュースがすごいことになっている。
北インドのラジャスタン州の州都、ジャイプールは、
世界的に知られている天然石のマーケット。
私も、そこで石を仕入れてジュエリーを制作している。
2019年の12月以来、ジャイプールには戻っていない。
インドのロックダウンが始まった2020年の3月。
私は南インドのゴアにいた。
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北インドのラジャスタン州の州都、ジャイプールは、
世界的に知られている天然石のマーケット。
私も、そこで石を仕入れてジュエリーを制作している。
2019年の12月以来、ジャイプールには戻っていない。
インドのロックダウンが始まった2020年の3月。
私は南インドのゴアにいた。
ジャイプールとゴアは、ざっと1200km以上離れている。
4月の後半、ゴアが暑くなってきて、
人も少なくなってくる時期に
列車で27時間かけてジャイプールに移動するのが
いつものパターンだった。
そして、去年から、「いつものパターン」が世界的に不可能になった。
今年になって、感染状況が落ち着いたかのように見えたインドは、
ここ1ヶ月の急展開で大騒ぎになっている。
地域別で差はあるものの、
行動規制なく、自由に動ける地域はないと思っていい。
ジャイプールのロックダウンも月末まで延長された。
なかよしの石屋さんが、家族全員コロナ感染と聞いて慌てて電話した。
郊外の結婚式で、10人くらい感染したらしい。
結婚式!この時期に!
だって神様が決めた日なのだ、集わないわけにはいかないのだ。
インド人に集うなというのは、ほんとに難しい。責められない。ああ。
感染が分かって2週間、だいぶよくなってきたと言っていた。
「嗅覚?戻ってきたよ、1%くらい!」
と嬉しそうに言っていた。
コロナの「軽症」ってかなり辛そうだ。
どうやら病院のベッドがないのは事実で
酸素が足りないのも事実で
コロナ感染は全く珍しいことではない。
彼の、ムンバイの親戚も35歳で亡くなってしまったそうだ。
若い人の感染が増えているのをとても気にしていた。
きっとインドのテレビは
日本よりもセンセーショナルなニュースのオンパレードだろうな。
休業補償なんてない。
日本の政府がいいとはこれっぽっちも言えませんが、
インド政府が、行き当たりばったり「なんちゃってコロナ収束宣言」
しちゃって、もしものための用意を全くしていなかった罪は重い。
ジャイプールなんて、朝10時以降はガソリンスタンドも閉まっているそうだ。
コロナで死んじゃうか貧困で死んじゃうか。
ネパールも残念なことにインドに続いている。
ネパールのロックダウンも月末まで延長され、国際線もストップしている。
今は午前中の必要最低限の買い物以外は外出禁止。
そもそもが医療崩壊しているようなもんなのはインドもネパールも同じだけど
インドや中国の物流に頼らなければ生きられないネパールは
医療の逼迫はもう大変なことになっていて
私がネパールに行けるか行けないかどころではなくなっている。
例年は、今頃は地味にカトマンズの部屋にこもって
ごちゃごちゃ石たちを広げて、
時にはぶつぶつ石に話しかけながら
黙々とデザインする日々。
ものづくりって、地味なのだ。
そして、そのごちゃごちゃしている中での
地味な時間を私はとても愛していたんだなあと
今更ながら思う。
私の仕事は、リモート制作ができないので
もどかしいことこの上ない。
でも、作りためていたものや、インドから送ってもらった前のオーダーで
今年のShanti Riotシーズンは、
なんとか新たなコレクション展開ができそうです。
インドやネパールに戻った時に
いつもの人たちにきちんと仕事を供給できるよう
私はこっちでできることをやらなきゃね。
現実から目をそらさず、そしてできることにフォーカスする
という修行が続く。私だけじゃないもんね。
みんな、元気でいてよね。
]]>
今週末には、ネパールに旅立とうと思っていた。
1ヶ月前には、まあ、まだ大丈夫かな
どちらかと言うと、ネパールの森林火災による大気汚染の方が心配だった。
ネパールは、コロナよりも大気汚染が心配、と言う空気だったのが
あっという間に急変した。
]]>1ヶ月前には、まあ、まだ大丈夫かな
どちらかと言うと、ネパールの森林火災による大気汚染の方が心配だった。
ネパールは、コロナよりも大気汚染が心配、と言う空気だったのが
あっという間に急変した。
3月末からじわじわ増えてきた、インドの新型コロナの感染者数は
ここ数週間、猛スピードで増え続け、
とうとう一日の新規感染者が41万人を超えてしまった。
ここまで日本のテレビで毎日インドと言う単語を聞くのも初めてだ。
ネパールは、インドと国境を接している。
国境では、もうPCR検査のキットが足りなくなって、
一応入国後自宅隔離とは言っているものの、
ネパールを陸路で出入国する人たちは実質的に野放し状態らしい。
カトマンズ市内での新規感染者も一日4000人を超えた。
国全体の新規感染者は9000人を超えた。検査の陽性率45%。
ワーストの新記録が続いている。
( www.kathmandupost.com)
ネパールの国際線、国内線ともに止まった。
ネパールは、とうとう外国人の入国を禁止したけど
陸路の国境から、ネパール人は、検査もままならずどんどん入っている。
もうニュースが日々深刻になっていくので、
私のネパール行きは、やむを得ず保留。
自主的に、行くのを控える、だったのが
この一週間でどんなに行きたくても行けなくなった。
もう、私が行ける行けないとかいう個人レベルではなく
インドもネパールもこのピンチをなんとか乗り切ってくれー
と言う祈るような気持ちだ。
補償が全くない国の、ロックダウンによる経済打撃は日本の比ではない。
日本がいいとは口が裂けても言えないけど。
コロナなんて大したことない説も未だにある。
あるけどさ、そこを突っ込むともう終わらない。でも
今病院が混み混みで、大変なことになってるのは事実。
インドもネパールも、そもそもが、医療崩壊してるような国なのだ。
とにかくとにかく、病院行かずにすむのに越したことはない。
旅をするようになって
自分がいるところと、自分が行くところのニュースは
最低限チェックするようにしている。
どんなにニュースが偏った報道をしていても
どんな偏った報道がされているか、と言うことも含め
知っておいた方がいい。
それでも知らなかったりするんだけどね。
行ったら国境が閉まってました。とか。
なんと、国境のイミグレに電話がなかった。
もちろんネットなんてない。スマホどころか携帯もない。
きつかったなあれは(インドネパール)
最低限のニュースチェックというのは
情報過多の今難しいので、かなり意識的に制限しないと
怖がるだけの情報に溺れてしまう。
という訳でチェックしつつも
今の自分がコントロールできることにフォーカスしていきたいと
今更ながらに思う。
ネパールは、ロックダウンで、大気汚染がずいぶん改善されていた。
皮肉なもんだ。
私は元気です。
みんな、元気でいてね。いやほんとに。
ネパール最大の仏教寺院、カトマンズのボダナート。
もうすぐブッダ・ジャヤンティ(ブッダの誕生日)だ。
また大集合しちゃったりして(例年大集合)。
しばらく行けない私の心の拠り所。ああ。
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ちょうど、去年の今日
全インドロックダウンが始まった。
私はインドのゴアにいた。
一切の外出が禁止されるお達しが前の日に出された。
バスも鉄道も全てが止まった。
3月22日の日曜日の朝
起きたら鳥の声しか聞こえなかった。
]]>全インドロックダウンが始まった。
私はインドのゴアにいた。
一切の外出が禁止されるお達しが前の日に出された。
バスも鉄道も全てが止まった。
3月22日の日曜日の朝
起きたら鳥の声しか聞こえなかった。
車もバイクも全く走っていない。
海沿いの観光地のゴアがこうなのはまだしもだけど
インド全土がこんな朝を迎えてると思うと奇妙な感じだった。
インドは日本の国土の9倍近くある。
一夜にして、巨大な国立公園ができたようなもんだ。
「1日だけ」のふれ込みで始まったロックダウンは
日曜の夕方には1週間にのび、
結局それから2ヶ月半続いた。
最初から1週間のロックダウンとか宣言しちゃったら
インド中、13億人が大パニックだ。
結局、延長されたロックダウンに、インド中大パニックだったけど
何しろ、すでに外出禁止になってる時点での大パニックなので
パニック度を抑えられる。思わずなるほどと思ったけど
インド政府、嘘のつき方のスケールがすごい。(全然褒めてません)
それから1年経過。東京で緊急事態宣言が終了したところだ。
人生、予測不可能だ。
と、世界中の人がしみじみ実感したこの1年。
やんなっちゃうのは、この実感をいやでも続けなきゃいけないことだ。
去年の7月末にインドから帰国して
年内にはインドかネパールどっちかには戻れるだろうと思いた。
寒くなるぞ寒くなるぞこれからもっともっと寒くなるぞと思っていたら
あっという間に桜が咲き始めた。
人生、予測不可能だ。
日本の冬にあたる、ゴアのシーズンの生活を愛しているけど、
年越しと桜の時だけ、一瞬どこでもドアが欲しいなあと毎年思う。
家のすぐそばの川の桜並木がライトアップされている。
思わず、夜、桜のために外に出た。
少なくとも、15年ぶりの桜だ。
具体的な桜の思い出が出てこない。
でも、心の奥に眠ってたほろ苦い部分にアクセスしたみたいだ。
何がほろ苦いんだろうね。
たぶん、「はかない」という言葉を知る前から
「はかなさ」は感じ取っていたんじゃないかと思う。
子どもの時の、言葉にならなかった、
「あっという間に消えてしまうだろうとても美しいもの」
に触れた切なさがよみがえってきたみたいだ。
あ、きっと「切ない」という言葉も当時は知らなかっただろうな。
あっという間に終わってしまう、日本の季節でいちばん好きな時期。
どこでもドアなかったけど、戻ってきちゃったよ。
Shanti Riot 2021 リアル出店始めます。
3月28日(日)
東京・大森 圓能寺
10時から17時まで。
何曜日だろうと、28日は圓能寺の護摩焚きの日。
それに合わせて開催される「えんにち」
今年に入って初めての開催です。
今月は日曜日。15店舗が参加で、程よく賑わいそうです。
風通しのいいお寺で、縁起の良き日に春を愛でましょう。
]]>10年以上前から細々と続けていたブログを
新しくウェブサイトをオープンするにあたって
こっちにお引っ越ししました。
ブログ引越しのやり方を調べたら
その時点でわからない単語ばかりで
また調べる、というループにハマり
結局ブログお引越し用のアプリを使うことになって
それでもそこそこわからないことが出てきて
問い合わせにあたふたする。
新しくウェブサイトをオープンするにあたって
こっちにお引っ越ししました。
ブログ引越しのやり方を調べたら
その時点でわからない単語ばかりで
また調べる、というループにハマり
結局ブログお引越し用のアプリを使うことになって
それでもそこそこわからないことが出てきて
問い合わせにあたふたする。
自分の苦手分野について質問するのって難しい。
何がどうわからないかを誰かに説明するのは
わからないなりにスキルが必要とされる。
ウェブサイトを作ろうと思い立ってから
あんまり使わない部分の脳をフル回転させてる。
無駄に空回ることも多々あるものの。
いや、すごいあるんだけど
その中に、
「おお、やればなんとかなる時もあるのだ」
という小さな感動があることで
モチベーションを保っている。
とはいえ、いまだにブログ全部のお引越し終わってないのだけど
とりあえず今後はブログはこちらです。
ブログのお引越しなんて、珍しくない。
今更だけど、何回めかの実感したこと。
世の中の
「簡単そうに見えること」や、
「必ずしも簡単そうじゃないけど
みんなやってること」
は、実はそこまで行き着くのは簡単ではない
(でもたくさんの人がやっている)のだ。
大昔、運転免許を取ったとき 。
地方に運転免許合宿に行っていた私は
実地試験にうっかり落ちてしまい
いっしょに来ていた友達はめでたく合格し、
先に東京に帰ることになる。
涙目で友達を見送ってからは
合宿所の近所の道を
フツーに走るフツーの車を運転するフツーの人たちを
尊敬と羨望の眼差しで見るようになった。
だってすごいじゃん車運転できるなんて
あんたたちこんなにフツーっぽく見えるのに
この難関を突破したんだね
あなたもあなたも、あなただってみんな試験に受かったんだ。
交通情報で、10km渋滞です、とか聞こうものなら
ノロノロ進んでいる車の中の人たちみんなに
あなたたちみんな頑張って免許取れたすごい人たちよね
早く帰れますように、とエールを送りたくなる。
全ては、相対的なものなのだ。
自分のおかれる環境で、
これまで同じだった景色が何色にも見えちゃうものなのだ。
フツーに見えること、も実はハードルが高い。
とういうことは結構ある。
とは言え、超えられるのだ。
超えてる人はいっぱいいるのだ。
きっと私にもできるはず。
まずは投げないでトライしてみる。
というシンプルなことを
改めて肝に据え、日々精進しようと思います。
あ、免許はそのあと取れました。
そして免許合宿から早20数年。
次の目標は、いよいよペーパードライバーからの復活です。
やばい、ほぼまた振り出しに戻っちゃったじゃん!
日々精進。
大きなラブラドライトに蓮がついているペンダント。
大きいペンダントは、
これ、重くないですか?とよく聞かれます。
重いですよ。見た目のとおりです。
いいんです。ずっしり感がたまらない人も
一定数いるのです。
]]>