一生に一度だといいなあ、の帰国物語(インド・ゴア→東京)


何度もいうけどパッキングが苦手だ。移動の緊張に、整理整頓がストレスという劣等感が加わって「パッキングをしなければいけないシチュエーション」に不必要にドキドキしてしまう。
今回の「パッキングをしなければいけないシチュエーション」は、全然終わる気配がないどころか、どんどんエスカレートしてるコロナの渦中。そりゃ世界共通なんだけど、
どんどん減便される日本への特別便、さすがに先が見えないことに疲れてきていつものようにジャイプールにもネパールにも寄ることができないまま、日本の仕事もオーガナイズができないまま、とにかく帰ることに決めたので、不必要なドキドキが倍増する。
パッキングはいつもより早め早めに終わったものの、アドレナリン大放出であまり寝られないまま出発する。それでもタクシーが動き出した瞬間、ほっとする。ああ、もうできることは何もない。「持ってるものしか持ってない」という心地よい降伏感。この降伏感の快感がやめられないから旅が好きなのかもな。
とは言え、今回は旅どころかゴアに7ヶ月もいてしまった。ゴアをベースにした小さな旅をするどころではなくなってしまった。初めて滞在したゴアのモンスーンは、日に日に緑の絨毯が色濃く、厚くなっていくのがワクワクした。とはいえ、東京の梅雨とは比べものにならないほど、ものすごい雨の量と湿気。壁も、出してある服も、全てが1日の大雨でしっとりする。湿気の塊の表面を手で撫でられる気がする。ジメジメ、という言葉を再定義した。
日本までの道のりは、ゴア→首都デリー→東京・羽田 の順番だ。インド国内線は、私が飛んだ7月29日時点では全体の3割しか飛んでおらず、ゴアからデリーまでは1日一本しか確実に飛ぶ便がない。確実に、というのは、他の便もチケットは売ってるけど飛ぶかギリギリまでわからないよ、という意味。というわけで、デリーでのトランジットは25時間。まあインドの国内線から国際線の乗り継ぎでこんなのはまずないんだけど飛んでるだけいい。
ゴアから日本への直行便はもともとないので臨時便なんて飛ぶわけがない。
ロックダウンが徐々に解除されはじめた5月末に国内線がやっと飛び始める前は、ムンバイ発の国際線に乗るために人々は12時間以上かけて、タクシーでゴアからムンバイまで移動していた。
ゴアからデリーまでの陸路移動での見積もりをとってる友達もいた。代理店を通してタクシーで10万円以上、3日かかるんだったかな。結局その方法をとる前に国内便が飛んだからよかったものの、コロナ以外の病気になってしまいそうだ。
とにかくゴアからデリーまで飛べるだけでありがたかったので25時間のトランジットはやむを得ない。ここで体力を消耗して、ロックダウンにせっかく鍛えた免疫力を落としたくなかったので普段ならまず泊まらない、デリー空港すぐそばのホリデー・インに一泊することにする。そもそもデリー空港近くに泊まる理由など今までなかった。
今回は、ゴアから東京まで、友人のカヨちゃんと道中を共にすることに。一人でワラワラするより二人でワラワラした方が安心してワラワラできる。かなり心強い。いやもとい、落ち着け、落ち着くのだ。
ゴア空港に着いたら、中に入る前に大きいスーツケースくらいのタンクを引きずった人が待っていて、ひとりずつ荷物を除菌スプレーする。ビシャアーッってピンポイントの水圧でスプレーされて荷物はびしょびしょ。しかも片側だけ。とりあえずポーズだけして、「やったことにする」インドらしい。
しばらくしてカヨちゃんが、「・・・あれ、水だったりして。」と呟く。さすがにそれはないだろうと思ったけど否定できなかった。いやいやこればかりは多分消毒液だと思うけど、一瞬そう思っちゃうくらい、あまりにぞんざいな扱いだったのだ。
国内線ターミナルは、わかっちゃいたけどガラガラだった。店もほとんど開いていない。ウェブでチェックインも、健康証明書のプリントアウトもしてあったのでぶっちゃけ空港では荷物を預けたらほとんどすることはない。
セキュリティでフェイスシールドとマスクが配られる。噂のフェイスシールド、国内線では機内での着用が義務付けられていた。簡易なフェイスシールドは、後ろはゴムが渡して両端を止めてあるだけで、かなりちゃっちい作り。
イヤリングを着けて、外してすぐにまた着けると痛くなるでしょ。あんな感じで、いったん外してもう一度着けると頭がぼんやりじんじんしてくる。たった2時間半のフライトでこうなんだからデリーから東京の7時間半もこれじゃ耐えられない。私は特に頭が大きい方ではない、と思ってたけど皆さん大丈夫なんだろうか、インド人は、太っていても頭の鉢が小さい人多い、気はするけどにしたってこれ長時間はキツすぎじゃないか。しかも、マスクとフェイスシールドのセットはかなり空気が薄くなった感がある。このセットが感染対策としてある程度有効なら、空気が薄くなった感、は必要なんだろうけど、なんかコロナじゃなくて具合悪くなりそうだ。
と思っていたらデリーから東京までの JAL便で配られたフェイスシールドは機内の着用は「任意」だった。ちなみに、ゴアからデリーまでの国内線は、少なくとも一席空けて乗っていた。デリーからゴアまでの国際線はなんと、満席だった。239席。予約する時に席数を聞いた時点では何人乗せるかわからないとのことだったけど、乗ってみたら満席。そして、国際線の機内でフェイスシールドをしていた人はほとんどいなかった。よっぽどみんなキツかったのね。
ゴアでもデリーでも、空港のセキュリティは「もうなんでもいいからなるべく早く通過してください」という態度がありありと見える。特にデリーなんて、インド中から集まってくるハブ空港でデリー自体も感染数がすごい。まあそりゃそうだろうと思った。
思った。けど。
ゴア空港で、セキュリティを通ったカヨちゃんが、ライターを持っていた。「あ、やばい、ライターを機内手荷物に入れっぱなしだった」とセキュリティで気づいたカヨちゃんは、その旨自己申告して、ライターをバッグから取り出して、処理箱がなかったのでそのままX線のトレーに置いたら「そのまま出てきた」んだそうだ。ものすごく気をつけてパッキングした自分が、あほみたいだ。
そして、驚いたことにデリー空港のセキュリティでも、全く同じだったのだ!子犬とか子猫とか小鳥とか隠しておいてもそのまま通っちゃいそうだ。もちろん絶対やらないしやっちゃダメだし考えてもないけど。でもほんとに乗客に対応する側としては、「いい、いいからさっさと行って、話しかけないでーーー!」という感じなんだろうな。
デリーで泊まった、空港すぐそばのホリデーインはデリーでのトランジット客用らしかった。チェックインカウンターの「一部だけ」クリアーボードで仕切られていた。あんまり意味ないじゃんと思ってチェックインしたら受付の若い女性が、上からものを言うようでやたら感じが悪かった。
かちんときたけど疲れていたので、クレームする元気もなくやり過ごして部屋についたら、やっぱり奮発しただけあって、部屋は素晴らしかった。でもなかなか荷物が部屋にやってこない。受付に電話しても何も起こらない。しぶしぶまた受付に電話した。チェックインで感じ悪かった女性がまた電話に出る。
「もうボーイに荷物を部屋に持っていくよう言いました!」
ふてくされている。まさかの逆ギレだ。
さすがにこれは私も一言言いたくなって
「あなたのところのスタッフへの文句を宿泊客に言われても困る。それはあなたのところの事情だし、まずはすみませんじゃないのか。マネージメントが酷すぎる!」
と言うことをはっきり、とても丁寧に言ったら言葉に詰まったらしく、無言。無言!!黙るのー?なんか言ってよ!
呆れてそのまま電話を切る。
部屋のWi-Fiに接続する時に、ホテルのチェックインの際の評価があったので迷わず最低評価をつけた。
そしたらしばらくして、ホテルのマネージャーから部屋に電話が入る。「最低評価をつけられてましたが、どう言うことでしょうか。」
それから私はここぞとばかり、うわーっと到着してからの文句をまくし立てた。「そうですか、そうですか、それはおっしゃる通りです」そのマネージャーは、辛抱強く私の文句を、丁寧に聞き続ける。人は、穏やかに謝り続ける人には怒り続けていられないのだな。どう考えても向こうが悪いんだけど、この人個人に嫌な思いをさせられたわけじゃないし、なんとなく、話しているうちに、私も、「もういいや」と言う気になってくる。
そしたら、丁寧マネージャーが「マダム、お詫びに、遅い時間のチェックアウトはいかがですか」と言ってきたので思わず「デリーでのトランジットが25時間もあるので、12時にチェックアウトしてもその時はまだ早すぎて空港には入れず、カフェも開いてないのでロビーで4時間は待たなきゃいけないんです!」と一息に言ったら、チェックアウトを4時まで延長してくれた。
「ルームサービスも25%オフで大丈夫です!」
今はホテルでもレストランでも、ネットにクレームを書き込まれたらあっという間に評価が下がってしまうので向こうもカスタマーケアを大事にしてるのね。
インドもネパールも、こっちが文句を言うと言われた方が、自分のスタッフとか業者が全然ダメで、とかつまりこちらにすれば、「向こう側の事情」の文句を言われることが多い。あまりに多いのでそのパターンにもうびっくりはしないが、それでも毎回疲れる。
今回もまたかと思ってたら、めったに謝らないインド人像、とは真逆の物腰柔らかなマネージャーに文句ばかり言ってたホリデーインの株がいきなり上がってしまった。
考えてみたら、チェックインの時間を数時間延長したり、もともとアホみたいに高いルームサービスをちょっと割引したり、ホテル側のコストとしては大したことないのだ。それくらいで、最低評価をつけたお客が喜ぶんならなんてことはない。
インドのお金持ちのクレームっぷりは理不尽なことも多いので多分私くらいのクレームは朝飯前に違いない。
やるな、スシャン。(マネージャーの名前)接客業に携わるものとしてリスペクトである。
コロナのせいでどこも開いておらず、時間をつぶせる場所、というのがことごとく無くなり、空港にも、フライトの3時間前まで入れない、という状況でこれは嬉しい。
そもそもスタッフ教育がなっとらん!とかカヨちゃんと憤ってたのに、「やったー4時までいられる!」と一気にご機嫌。
デリー空港の国際ターミナルも、すごいガラガラぶりだった。人のいなさは、近未来的でさえある。そのゴーストタウンぶりが退廃的にも感じられて寂しい。
空港は、人が泣いたり笑ったり、いろんな感情が入り混じるドラマチックな舞台で、それが人間臭くて好きだったのにな。人間臭さがない空港は、無機質な箱だ。
デリーから東京までは、おそらく30年ぶりに乗るJAL。さすがの細やかな配慮にいちいち感心する。インドのぶっきらぼうさに慣れすぎているので、感動センサーがかなり敏感になっている。久しぶりに接する、丁寧な日本語の接客。
最後ににっこりされたら「ねえ、今また笑ってくれたね、すごいね!」といちいちカヨちゃんと感動を共有する。なんて簡単なんだ。
だって、すぐお持ちします、ってほんとにすぐ持ってきてくれる。いつもブーブー言ってる日本だけど、細やかな気配り、って点ではいやすごい。
239席、満席。インドの感染者は世界第3位。インド各地からデリーにやってきた人たちが乗り込んだ飛行機。私たちも緊張だけど、クルーもそりゃ緊張だろうよ。もうなんのディスタンスもないので、マスクをしてなるべく顔を触らないように、そしてあとは、考えない。
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フェイスシールド着用。カヨちゃんも私も興奮状態で瞳孔が開き気味。
ずっと見たかった映画「ジョーカー」が機内でチョイスできたのでうっかり見たら、わかっちゃいたけど重すぎて泣きたくなった。これを見てすぐ寝られないと「黒い司法」を見始めたらわかっちゃいたけど死刑囚ものでこれも重い。全部見るべきかやめとくべきか迷っているうちに寝てしまい羽田空港に到着したのは7月31日、日本時間の朝7時前だった。
ここからが長かった。
続く。(帰れてるよ!)
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明け方の東京上空。